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寺子屋日記

寺子屋からのおたよりです。

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2012-12-26 (Wed) 19:13

サンカーラ

田口ランディの「サンカーラ」を読んだ。

サンカーラ: この世の断片をたぐり寄せてサンカーラ: この世の断片をたぐり寄せて
(2012/10/22)
田口 ランディ

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時代の真ん中にいる感性の本だった。

感想の中で「涙が止まらなかった」

という人が多かったけど私も同じだった。

なにに共鳴してわたしの中のものが反応したかといえば

やはりそれは

3、11以降感じて来た

「いままでとは違うなにか」


「人の生きる世の無常」


「今という時代のあいまいさと複雑さ」

などの

副題の「断片をたぐりよせる」

そのものだったから。

あたりまえだったものが

あたりまえではないと体感して

今まで通りではだめだとおもいっきり知らされた

3、11。

それまでもうすうす感じていたことが

自分の中ではっきりした事象、感覚、言葉。

ひとりひとりが

ごまかすのか、忘れるのか、なかったことにするのか

それとも

感じるのか、行動するのか、考えるのか

迫られている。

いや、わたしはそう感じる。

まとまりのつかない思いと感覚がこの本の中で

自分に迫って来た。

そしてそれが奥深いところに触れると泣いた。

また違うところに触れると泣いた。

この時代に生きている私たちの抱える共通項。

次世代に渡す事になってしまった現実。

日常ではそれを感じ続けていたらつらすぎる。

だからない感覚として毎日は過ぎて行く。

でもどっぷり感じる時間はやはり大切だ。

自分が選んでいる日常にもそれはいつも一緒にいるのだから。

そうやって選択して結局は自分のページを作っているのだから。

自分の中にあるまとまりのつかないもの。

いったんはまとまって、またばらばらに散らばって行く。

それでもいいんだな。

それが全部自分で、そして他の人との共有部分でもあるのだから。


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最終更新日 : -0001-11-30

Comment







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「光は闇の中に輝いている。闇はこれに勝たなかった。」
ヨハネ伝の言葉です。闇が深ければ深いほど、私たち人間は光を求めずにはおれません。

心の中に巣くう闇と、絶えず襲い来る外なる闇。
その内なる闇と外なる闇に、逃げることなく対峙するとき、私たちはもう光の方向を示されているのかも知れません。

一つひとつの「断片」がどんなに受け入れ難くとも、どんなに不確かなものでも、それを一つひとつ重ねてゆけば、一枚の不織布ができるのかも知れません。

いずみさんも、日々の仕事が、毎日の家庭生活が、様々な断片を一枚の大きな不織布にする営みなのでしょう。それをいかに用いるのか。私たちは神から問われている気がします。

無常を生きる。忍土を生きる。
軽々に回答を求めることなく、「まとまりのつかないもの」を看取ることの大切さを感じます。



ご参考までに、
高橋佳子著「彼の地へ 3・11からのメッセージ」
を推薦します。
2012-12-27-17:30 畑の案山子
[ 返信 ]

共にあること

まとまりのつかないもの
断片たち
と共にある日々を大切にしながら
自分の中の光もみいだしていくことが
目標かもしれません。
2012-12-27-18:56 いづみ
[ 返信 ]