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寺子屋日記

寺子屋からのおたよりです。

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2012-10-03 (Wed) 14:04

寺子屋だよりから

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30年目を迎えてーみなさん、ありがとうございます。


今年9月で寺子屋は30年目にはいりました。

30年前、寺子屋はこんな出来事から生まれました。

私の母校東深沢中学の4歳下の後輩たちがそのとき日本国中たくさんいた「ツッパリ君」たちになって、隣の中学の

「ツッパリ君」たちと体育館の中で乱闘騒ぎをおこし、警察を呼んだ学校に対して地元の親たちは猛然と抗議した

のでした。

そのころできた深沢区民センターの中に入った児童館の職員の方もその動きに賛同して、やみくもに問

題のある子どもたちを取り締まるのではなく、気持ちを聞いて地域でやっていけることはしていこうということに

なりました。

私も「ツッパリ君」たちと話す機会がありました。

「おれたちだって勉強したいんだ」

「先生は俺たちだけ授業中とばしていくんだ。」

彼らの立場も見えてきました。彼らは誰かにしっかり受け止めてほしいんだ。

自分たちの気持ちをわかってほしいんだ。

わたし、彼らにかかわりたい!ふつふつと気持ちがわいてきました。

手作りの勉強会がはじまりました。講師としてわたしともう一人の子供会仲間が参加しました。

時には現役数学教師の元子供会の先輩から数学のプリントの差し入れがあったり、児童館職員のボランティア授業

があったり、手作り勉強会はなかなか活気あるものでした。

でもまあそこは「ツッパリ君」。

黙々と勉強していたわけではありません決められた時間になっても来る気配はなくまもなくパタン、パタンと便所

サンダルの音が廊下に響いてきます。

中三の彼らの中には九九もおぼつかない子、英語のアルファベットも書けない子もいました。

ひとりひとりのペースでだけど、「やるからにはやるよ」という気持ちで関わりが続きました。

そんな勉強会を体験したわたしの中に「私にもできることがある」という気持ちがもくもくとわきあがりました。

自分には体験していない、疎外感を持つ子どもたちの存在へ自分が何かしたいという思いでした。

そして、多くの人たちとのかかわりから目標に向かって力を合わせることのすばらしさをそのとき、真剣にかかわ

る地域の大人たちから教えられたのでした。

寺子屋という名前はある日一人の生徒さんがつけてくれました。

「寺子屋いづみ、いいじゃん、これにしなよ。」

うーん、なかなかいいかも。こんな単純な感じだったんですね。

今から考えると笑ってしまいます。

こんなこともありました。

私はそのころ最初の子を出産したばかりでまだ20歳前半でした。

ある親の会に参加してひとりひとり感想を述べていくのですが、その会にいらしていたのは私を除いてみんな就学

後のお子さんをお持ちのお母さんばかりでした。

そんな中私の番がきたとき「私にはまだ子育ての悩みは全くありません。」と私は言いました。

ホント、まだ嵐の前の静けさだったんですよね。

1年後に障害のある子を授かりました。

つらい真っ暗な闇にいるような日々が続きました。

そんなとき寺子屋の教室にいると、そのときだけ生き返ったような気がしたものです。

私自身に帰る場所。いつの頃からか寺子屋の教室は私に力を与えてくれるようになりました。

わたしの成長を支えてくれた教室になっていきました。

つらいことがあるとき、教室にひとりたたずむといろんな日々が蘇ります。

あの子とのあの場面。あの先生のあの発言。ああいう子がいたなあ。あのとき私はあんな思いを抱えていた。


2000年から12年間一緒に寺子屋をやってきてくれた主人が今年農業の道に入りました。

主人にとっては大挑戦、私たち家族にとっても新しいはじまり。

主人がいなくなった寺子屋をどんな寺子屋にしていくか。

寺子屋もまたあたらしい章がめくられました。

寺子屋の初めの頃の生徒さんのお子さんも通ってきてくださるような時のながれ。。

寺子屋の30年。語り尽くせないたくさんのページ。卒業生たちの長い道のりが私たちの道のりと共にある喜び。

ありがとう。寺子屋。ありがとう。みなさん。

これからの時代の子どもたちに私がなにを伝えていけるのか。まだまだ模索は続きます。
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最終更新日 : -0001-11-30

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