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terakoya1983

Author:terakoya1983
世田谷で学習塾寺子屋を1983年から運営しています。
2012年4月から長野県佐久穂町と世田谷区の往復生活が始まりました。大自然から受けとる事も含めてお伝えできたらと思っています。
世田谷教室 月曜日から金曜日
佐久穂教室 木曜日 その他オンライン
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寺子屋日記
寺子屋からのおたよりです。
えりちゃん、ありがとう。
長い間寺子屋を支えてきてくれたえりちゃんが

10月いっぱいで寺子屋を旅立ちます。

気づけばもう10年以上いつもえりちゃんと共にいました。

私たちが長野に移住してからは

えりちゃんが寺子屋を本当に支えてくれました。

さみしくなりますが、えりちゃんの新しい道に

幸い多かれと祝福します。



****************************************
寺子屋へ
いつもお世話になっております、野村です。

この度は、私事により、10月をもちまして、寺子屋をやめることとなりました。

気付けば、寺子屋にいた時間は中学3年生の学生時から、10年以上になります。

私は小学生後半あたりから8年ほど不登校になり、

学校に行く代わりに寺子屋に通い、大学生からは

アルバイトとして寺子屋に関わり続けました。
長い間、学生として、“先生”として子どもたちを見ていて、

やはり昔と今では環境が変わってきているのを感じます。

しかし、かといって子どもたちの本質が変わったかといえば、

そんなことはないのではないかと思います。

昔、まだ教えることに慣れなかった頃は

落ち込ませたりするのではないかと「叱る」ことの塩梅が、難しい問題でした。

しかし、ある日気づいたことが、子どもたちは叱ってもそれを受け止め、

そして、本人も「わかってはいる」ということです。

案外子どもたちは、やらなきゃいけない、

どうにかしなきゃいけないこと自体は本当はわかっているのだと思います。

ただ、勉強が好き!なんてことはごく少数ですし、積極的にやろうと自主的にはなりにくい。

どうやってやったらいのか、優先順位をどうつけ切り替えるべきなのかわからない。

娯楽などの誘惑もある。

身体的精神的さまざまな要因があってのことなのではないかと思います。

だからこそ、私たちが勉強の流れを作ってあげることができれば、

自然と勉強する流れになれるのではないかと思います。

もちろんその流れに乗るタイミングは個々で違います。

すぐに乗れる子もいれば、なかなか乗れない子もいる。

寺子屋は、親御さんとはまた違った、第三者視点から、

勉強の成績を上げる塾としての役割だけではなく、

まず「こんな道やあんな道もあるよ」と見せ、

そこから流れに乗せ、

最終的には自分で考え勉強方法や道を選択していけるようにと目指す場所なのだと思います。

それは、中学高校へと続くものとして、大切なことだと思います。

そして、これは学習に困難をもつ子どもたちも同様だと思います。

いくらでも、いろんな道があるんだと、いづみ先生から、寺子屋から私自身学びました。

私は長いこと不登校をし、引きこもりもやり、

学生時代の一部がぽっかりと空間があいて、普通の人が持つある程度の体力も、

世間の常識も、学校で学べたことが欠けてるのだと思います。

でも、不登校だからこそ経験した事、考えたこともあり、

普通の道筋を歩めなかったことに対しておもうこともありましたが、

「それならそれで別に他の道でもいいし、なんとかなるものだ」とここで教わりました。

ありきたりな言葉になるかもしれませんが、本当に可能性はたくさんあって、

思っている以上にいろんな道があるということが、子どもたちに伝わればと、

そう思います。

そしてこう思えたのも、いづみ先生のおかげと、

子どもたちからのパワーがあったからだと、むしろ私がいつも幸せをもらっていました。

本当にありがとうございました。                  

 野村恵利

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取材を通して
昨日、ある機関誌の取材がありました。

寺子屋をひとつのコーナーで取り上げてくださるそうです。

今年は何回かこういう機会に恵まれ

いろいろな方を前にしてお話させていただくことで

改めて

寺子屋の核になってきたもの、現在なっているもの

自分自身の迷いやつかめているものなどがはっきりする機会でもあり

大変ありがたく思っています。

昨日のインタビュアーの方は大変優秀な方で

とてもいい質問をいくつかしてくださいました。

そのなかに

「それだけ厳しく指導して

勉強がいやになってここに来たくなくなる気持ちと

不登校になって行きたくないのとでは

本質的に違うのでしょうか?』

これは本当に本質的な質問でした。

私たちの仕事でまさにここが一番のポイントだし

一番難しいところだし

タイミングが少しずれてしまうと

一番後悔につながることにもなります。

聞いていたもう一人の方が

「でも向き合うという姿勢の上で

かかわるという気持ちでおこった出来事と

そうでない状態の中でおきたことでは基本的にまったく

ちがうのではないのですか?』

とおっしゃってくださいました。

どちらも深いところをついた意見でした。

私自身も失敗は何度もあります。

いつも迷いながら考え抜きながら

その子の様子やタイミングを見極めていきます。

親御さんとの信頼関係もとても大切だと思います。

そして一番大切なことは

その子の向こう側にある「可能性」に向かって

話しかけることだと思っています。

今は現れていなくても

その子の表情には「自信」のじの字も見えなくても。

その向こう側にあるその子の未来に言葉を投げておく。

その言葉はいつかその子を支えるひとつのきかっけくらいにはなるかもしれない。

最近はわたしがそのタイミングをみやまったとき

スタッフの先生がうまくフォローしてくださることがあり

本当にありがたいです。

日々迷いながら模索しながらですが

次に会える笑顔を目印に

精進します。








今も昔も
先日42歳になった卒業生3人と会いました。

今も中学生たちは寺子屋終了後

実はすぐには帰らず、寺子屋前でなんやかんやと話しています。

何分たってもまったく動かない子ども達に

何度となく「早く帰りなさい。」と諭すことしばしば。

わたしもその昔習い事の帰り道

よく友人と公園のブランコでおしゃべりしたものです。

そんな塾帰りのつづきの話をその卒業生が教えてくれました。

「これはいづみ先生に初めて話しますけど」

「どきっ!なになに?」

当時近所の公園はまだ花火OKの時代でした。

今、この近所では手持ち花火やるのも

なかなか難しいのが現状。

夏の塾の帰り道

何人かで集まって花火をしていると

高校生らしき何人かにからまれたそうです。

ちょっとやばいと感じて急いで逃げて家に帰って

ほっとしていると

ドアをノックする音。恐る恐るのぞいてみると

なんとあの高校生が立っていた。
(お家の方は運悪く不在。)

それから外に引っ張り出され近所を

一緒に歩かされ、どうなっちゃうんだろう?と

思っていると、学校ではちょっと悪ガキくんの部類の

友人にばったり会って

その子に心細そうな合図を送ったそうです。

するとしばらくするとパトカーが現れ

そこからがほんとにいい時代だったなあというお話。

今だったらその段階で補導だし

おうちの人引き取りということになると思うのですが

まだまだ大人が子どもを導くという気概が地域にも

警察にもあった。

警察官は高校生にはお仕置きのお説教

中学生にも注意を促し

「今度は気をつけて」

とパトカーで家まで送ってもらったとのこと。

ああ^ほのぼのするなあってみんなで昔を振り返りました。

なんとかぎすぎすしすぎないで

心配しすぎないで

子ども達をみんなで見守ることのできる場を

これからも!

いい話ありがとう!寺子屋の先輩たち!



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