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terakoya1983

Author:terakoya1983
世田谷で学習塾寺子屋を1983年から運営しています。
2012年4月から長野県佐久穂町と世田谷区の往復生活が始まりました。大自然から受けとる事も含めてお伝えできたらと思っています。
世田谷教室 月曜日から金曜日
佐久穂教室 木曜日 その他オンライン
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寺子屋日記
寺子屋からのおたよりです。
話す、放す。
写真
今週もいろいろな方とお会いしました。

寺子屋のお母さんたちとも

何人かお目にかかりました。

ここのところ

すごく気になるな、やっぱり連絡しよう!

と思って連絡させていただくと

やっぱりよかったー。

と思うことが続きました。

自分からはなかなかみなさん遠慮されて

相談にくるのは躊躇されるようです。

ある方は

「『先生が私もずっとここのところ考えてたのよ〜。』

というのを聞いたら涙がどっと出て来て。。。。」

とおっしゃいました。

話すって大事ですね。

それもじっくり、正直に。

それだけでいいと思います。

話して、放すんだなと思います。

なにかにとらわれてると

やっぱりずっとその思いをつかんでしまう。

でも人と話して、外に出す事で

手放して、その思いがまた別の次元のものになる。

その繰り返しですね。

私もそうやって話して行く中で自分の中にある

たくさんの手放せないものたちの整理整頓をさせて

いただいています。




写真

「小学校で収穫したお米からつくりました。」とHちゃんが持って来てくれました。




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友の来訪
写真木も冬支度



佐久穂で生活する事を決めるまで数ヶ月。

昨年9月にその旅は始まって

12月には佐久穂での生活を決めていました。

なんてスピード!

でもその数ヶ月はすごい密度の出会いと再会の日々。

そのひとりである友人のりえさんが

佐久穂に信濃町から訪れてくれました。

りえさんも東京から信濃町に移り住んではや5年。

信濃町はもうすぐ新潟の県境にある長野でも豪雪地帯。

その信濃町の山の上のログハウスに

勇敢にも住んでいるりえさん。

息子つながりの友人で、数回しか会っていないのに

本当に心からつながってると感じる人。

昨年9月に私たちが訪れたときは、やはりたくさんの

移住してきたパワフルな若者たちとすてきな

コミュニティを作っていたのですが

今年春から長野市の南千歳町錦通りに

お寺の木というカフェをお寺の住職さんと

始められました。

「お寺」には本来、ひとの悩みを聞くという大きな

目的があるはず。でも今はそれがどこかちがってきていて

本来のお寺の役割が果たせていない。

ということで、オープンしたカフェ。

りえさんの中にもまた新たな流れがおきているようで

聞いているだけでわくわく。

「人って自分で決めてるようだけど実は

大きな糸か手に引っ張られて、

『はい、今はここね。』って言われてだけなんだよね。」

とりえさん。

うんうんまさしくそう。

だからわたしも佐久穂と世田谷を大きく息吸って

往復するよう〜!

りえさんにはいつも心のほんとのところを

ぽん!と確認させてもらってます。

ありがとう!!!
寺子屋サロン♪ みなさんの感想〜
今日は今年最後の寺子屋サロンでした。

一年は早いです〜♪

新しくみえられたお若い方がいろんな意見を言ってくださって

刺激的でした。

******************************

みなさんの感想です♪


慌ただしく失礼してしまってすみません、参加された方々のお話をぜひまた聞かせて頂きたい、有意義な時間でした。大人の方々と沢山お話しできたのは久しぶりだった事に気付きました…。
実は宿題を沢山出されている事も伺って良かった!



若い子供が独立し、老人世帯で話題も偏りがちになっているこの頃、久しぶりに若い方達の話しをお聞きして元気をもらえました。
今のお母さん達の抱えている悩み、生活し生きて行く事で精一杯だったけれども、家族皆で協力して生活していた昔の家族の在り方が今必要なのだと痛感しました。
褒めてくれる人、自分を認めてくれる人の存在・・・大切ですね。子育てには間に合わなかったけれども、孫育てに生かしたいと思います
楽しいひと時、ありがとうございました!



今日は、博学とパワ~のお二人さんに圧倒され…ました。
Iさんは不思議な人ですね
新しい出逢いに感謝です
みなさんますます光り輝いていて元気出ます


久しぶりに、いろんな年代の大先輩方と、いろいろお話ができて、また一つ、自分が成長したのではないかと思います。みなさんの話をうかがっていて、
最近の子供達がおかれている立場、その子供達を育てていく大人達の考え方等の変貌。
考え方や価値観が、昔とギャップがあることに気づきました。
私がまだ、幼少だった頃は、核家族になりつつあったけど、近所中がみんな知り合いだったし、歳上を敬い、弱者を尊う事を知らず知らずに教わっていたと思うんです。
それが今では、薄っぺらな人間関係、自分中心の価値観や行動にどうしてもなりがちです!
いろんな人と出逢い、いろんな考え方や価値観、人間関係のしくみ、敬い尊い心を覚えて、初めて本当の成長だと思います。人生は、死ぬまで勉強です。
勉学だけでなく、いろんな事や一生涯の友や仲間を、生きている間にたくさん見つけさせてあげるにはどうしたらいいのかという事を、今の親や、これから親になる人達に、大切にしてほしいな、と思います。また、機会があったらぜひ参加したいです。ありがとうございました。


次回は2013年1月11日(金)10時半からになります。




とける
写真
きれいでしょう〜!

何だと思います?

これはせっけんなんですって。

卒業生のお母様が作られました。

せっけんをカッターでデザインして

おじょうずですね。


**************************



昨日はすてきな話をたくさん聞きました。

そのひとつをシェアさせていただきます。

Aさんのお兄さんは

小さいときからお父さんから厳しくしつけられ

「だからお前はだめなんだ。」

と言われ続けて育ち

自分の本当につきたかった職業にお父様の反対でつけず

自分の力を発揮する事ができないと思い

お父様とお兄さんの間には溝がずっとありました。

でも数ヶ月前にお父様が植物状態寸前の思い病にかかったとき

お兄さんが必死にお父様の介護をして

お父様は奇跡的に回復されました。

言葉が出るようになったお父様の口から

「長い間おまえにつらくあたって悪かった。」

という言葉がお兄さんに向けられたそうです。

お父様82歳、お兄さん54歳。

長い年月です。

実はお二人のことをよく存じているので

聞いていて涙があふれました。

いい話でした。




好きこそ〜♪
Hちゃんは中学時代

授業中船をこいでいるときが多く

何回もからいガムをかんだり

目薬をさしたりして勉強してきました。

自分の行きたい高校は少しレベルが自分より高めでしたが

どうしても!という気持ちで勉強して合格。

今、高校になって中学生のときとは全然ちがう

姿勢で勉強にきています。

以下はHちゃんからの寺子屋だよりへのメッセージです。


********************************

私は今自分の行きたい高校に入れてすごく楽しい生活を送っています。こんな毎日があるのは寺子屋との出会いが

あったからです。今高2の私が寺子屋に入ったのは小学3年生の冬です。それまでにここでたくさんの人と出会って

いろんなことを学んで、笑って泣きました。今日は行きたくない。勉強したくない。そう思ったこと数えきれない

くらいあります。それを乗り越えてこれたのは一緒に勉強してきた仲間、いづみ先生岩岡先生の存在があったから

です。本当に感謝しています。

岩岡先生、私は野菜が大嫌いだけど美味しい野菜たくさん作ってください!

いづみ先生、これからも家族みんなでお世話になります!

これからも寺子屋で学んだたくさんのことを生かしていろんなことにチャレンジしていきたいです。
つなげていきたいこと
写真 1-1




先日ある方に

「なぜ、寺子屋を同じ思いで続けてこれたのですか?」

という問いかけをされました。

しばらく考えて

「自分が受けとったものを伝えたいからです。

自分に大切な物を与えてくれた大人がいたからです。」

とお答えしました。

私は小学校5年生のときに

一人の女性と出会いました。

いまでもその瞬間をはっきりと覚えているくらい

それはすてきな出会いでした。

「こんにちは。よろしくね。」

ひまわりのような笑顔でその人はわたしにあいさつしてくれました。

あきらかにこの人はそれまで出会った大人たちとは違う人だ

と子どもながらに思いました。

小学生の子どもの私と一人の人間として

向き合ってくれている。

その空気感をその人と向き合うたびに感じました。

その人の口癖は

「子どもはいつの時代もまちがっていないの。

子どもがまちがったことをしたとしたら

それは大人がなにかまちがってるってことよ。」

その言葉を何度も何度も繰り返し聞きました。

私の中にその人の言葉は種がまかれ、育てられ

「たとえまわりから理解されていない子どもがいたとしても

必ずその子の中には芽があり、育つ。」

という確信のようなものを

寺子屋を続けて行くことで得ていくことができたのだと

思います。

今日の授業に来た生徒さんとの時間の中で

そんな思いを持ちました。

なかなかそのお子さんとの間にカードを

見つけられないときももちろんあります。

そんなときはとってもお互いにつらいですが

次の扉をあけられたときはまたぐっと

喜びが増して。。。

そんな日々のくりかえしでここまできました。

わたしのいただいた種。

まだまだ不完全ですが次の世代にどうしても

つなげていきたい種なのです。
わら、わら
写真
わらを求めて

東信州から南信州まで行ってきました。

わらが有機農業にとってはとっても

大切だってことも初めて知りましたが

なかなかご近所では見つからず

縁あって譲ってくださる方が豊丘村にいらっしゃって

行ってきました!

同じ長野県内といっても

豊丘村はどちらかといえば愛知県側。

遠かったけど

南アルプスがきれいだった〜!!!

縁あって初めてお会いする元議員さんの方も

すごくやさしい方で

2日前に初めてお電話させていただいて

次の日には

「見つかったよ。」

というお電話。

「こうやっていつも人助けさ」

とにこにこされていました。

ここ信州に来てから

人のあったかさに何度感動した事でしょう!!!
写真 1

娘もがんばってくれてトラックいっぱい積み込んで

またまた峠をよっこらしょと越えて佐久穂に戻ったのでした。

宇宙家族
この間の卒業生の結婚式のとき

ホテルへの送迎の車の運転手さんが

わたしたち寺子屋一行を見て

「ずいぶんと変わった家族構成ですね。」

と言いました。

みんな吹き出しながら

「いやー、家族ではないんですけどね。

家族みたいなもんです。」

と答えました。

今日、同じ仕事を長年している心友と話していて

その心友も、やはり長年仕事を通してかかわっている方から

「私たち家族だよね。」

と言われたという話をしていて

これからの世の中は

介護ひとつとっても

家族の中だけで解決するのではなく

すでに他人が仕事を介してヘルパーなどの形で

かかわっているけれど

もっとそれが違う形で

個人のレベルかもしれないけれど

大きな意味での家族になっていくかもね

という話をしました。

「宇宙家族だね!」とおおもりあがり!

たとえば、いま、佐久穂で暮らす娘は

作業所に通っていますが、なにか不都合なことがおきると

すばらしい連携プレーで、作業所のスタッフの方や

ケアマネさんたちがいろんな工夫で家族でも考えつかない

解決方法を編み出してくださっています。

血のつながりはもちろん大事だけれど

心のつながりがまた別の意味で新しいつながりを

どんどん生み出していきたいですね。

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