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terakoya1983

Author:terakoya1983
世田谷で学習塾寺子屋を1983年から運営しています。
2012年4月から長野県佐久穂町と世田谷区の往復生活が始まりました。大自然から受けとる事も含めてお伝えできたらと思っています。
世田谷教室 月曜日から金曜日
佐久穂教室 木曜日 その他オンライン
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寺子屋日記
寺子屋からのおたよりです。
今日の作品♪
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今日水曜日は個人クラスの続く日。

今日の生徒さんとお母様の作品です。

パステルは「自分の宇宙」を作り出します。

題名は「雨もり」「ピクルス」

個性が出ます。

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畑でほえる男たち

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佐久穂で暮らすようになって以来

「男らしさ」の基準がぐっとちがってきたわたし。

最近は「軽トラ」に乗った

頭に手ぬぐいをまいている男の方に

ぐっと「男らしさ」を感じるように。

ま、それはいいとして本題、本題。

いろんなところから

男たちは畑でけっこう大きな声でほえているという

話を聞くのです。

まずはコンテナに山積みいれたかぼちゃなどの

収穫などのときそれを両手に持って運ぶとき

「おりゃー!!!!!」

と叫ぶのは当たり前。

また耕耘機などけっこう運転に力のいる機械を扱うときも

「とりゃー!!!!!」

叫ぶ。

あの普段もの静かなあの人が!という人もけっこう叫んでいらっしゃるとか。

畑って人っ子一人いないし広いし

叫ぶ環境にはうってつけなんですね。

あるときある農家さんが畑で作業をしていると

となりの畑から

「こんなんじゃだめなんだあ!!!」

という声が聞こえたので自分のことを言われたのかと思って

どっきりしてよく見たら

仲間の農家さんが自分の作物を見て

叫んでいたということもあったそうで。

みんな真剣なんです。作物に対して、自分の仕事に対して。

都会の男たちだってもちろん真剣。

だから叫ぶ環境があればみなさんけっこう叫びたいよね。

なんて考えるこのごろです。


たのもしい仲間
先週、これまた筋金入りの

寺子屋の卒業生が佐久穂を訪れてくれました。

本人曰く

「私は20年前から寺子屋を知ってますから。」

その通りです。

しかもうちの子たちの小さいときからの

シッターさん役でもあるんです。

どれだけ彼女にお世話になったかわかりません。

その彼女、いろんな人生をくぐり抜け

今年の春入籍!! (2度目、私と同じ)

彼女は今仕事をしながら

かたや保護犬のお世話もしています。

彼女のブログトメとワンコの徒然日記で、いろんなわんちゃんの

表情を見る事ができて

彼女がどれだけわんちゃんに真剣にかかわっているかわかります。

それは彼女のお母さんの生き方からもきているんですよね。

人って人生にテーマを持って来てるなあって

つくづく思います。

彼女はわんちゃんを通して

愛をいっぱい発信してます。

これからもたのもしい仲間としてよろしくたのみますね♪


14年の物語
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先週の土曜日、Yちゃんの結婚式が鳥取で行われ

寺子屋から16名が東京、長野、福島からお祝いにかけつけました。

もとスタッフのS先生は家族総出で福島から車で来てくださいました。

Yちゃんの晴れの日をみんなが心からお祝いしたい

そんな今回のみんなの鳥取行きでした。

それには長い長い物語があるからです。

Yちゃんと私が初めて出会ったのは14年前。

Yちゃんが中学2年のときでした。

そのころのYちゃんはおうちのことで悩みをかかえていて

口数の少ない、静かな印象の女の子でした。

そのとき一緒に勉強していたメンバーのおおらかさと

スタッフの受け止めてくれる心の大きさの環境の中で

次第にYちゃんはおうちでのいろんな悩みを

たくさん話すようになりました。そのころのYちゃんには

おうちが安らげる場所ではありませんでした。

おうちの方にしてもそのころのYちゃんには理解できない

悩みがたくさんあったのだと思います。

S先生はそんなYちゃんの話を電話で夜中まで

何時間も聞いてくださったり、勉強以外の場面で

子どもたちを外に連れ出してくださったり

寺子屋の全員の先生たちが

みんなでYちゃんをつつみこみました。

Yちゃんには持ち前の「人を信じる力」がありました。

だからこそ人に向かってあれだけ素直に自分の思いを

発信できたのだと思います。

おうちの状況はなかなか変わりませんでしたが高校、大学と

Yちゃんは自分の道をどんどん切り開いていきました。

しかしまだまだ不安定な生活から、あるときYちゃんは身体を

こわしました。

私がある日授業をしているとYちゃんが入って来て

教室のソファーに倒れ込みました。

どうみても動かせる状況ではありませんでした。

それを見た主人が「うちで預かろう。」と決断しました。

私の中では混乱がありましたが

Yちゃんは一度しっかりおうちから離れてまずは自分で

立ち上がる必要があると思いました。

その後何度か主人がYちゃんのお父様と話して

まずはYちゃんがしっかりと自立する必要があること

そのためには今おうちから離れて自分で歩く努力を

しなければならないことなどをお伝えしました。

Yちゃんは、自分の苦手な部分を克服してひとつずつ

自立に向けて歩き出しました。

寺子屋の仲間たちもみんなで応援しました。

あるころからYちゃんの口から

「私はいまあることに感謝します。

いまあるのは今まで会った人たちのおかげです。」

という言葉が出るようになりました。

不平と不満が出る事は本当になくなっていきました。

私にとってはいまや彼女は同志のような存在です。

私の困っている時も彼女の経験から深いアドバイスを

してくれます。

いろんな苦しみや悩みを通して、本当に人の痛みや

人に対する思いやりが深い女性にYちゃんは成長していました。

数年前お父様の故郷の鳥取に帰り

Yちゃんの新しい生活が始まり

すばらしい伴侶となるTさんに出会いました。

Tさんが本当のYちゃんの帰る場所になりました。

「安心」をずっと求めて来たYちゃん。

Yちゃんがたくさん歩いて来たでこぼこ道を知ったからこそ

Tさんとの「安心」にたどり着いたのだと思います。

もちろんここがゴールではありません。

だとしても人生にはギフトがあるんだということを

Yちゃんの結婚式でみんな感じ、そして感動しました。

結婚式当日、Yちゃんのお父様が主人にあいさつにこられて

「あのときの話で目が覚めました。」と主人に言ってくださったそうです。

その言葉は私たちに対するギフトでした。

式が終わり放心状態のわたしのところに

卒業生のIくんFくんが来て

「先生お疲れさま、でもこれが終わりじゃありませんからね。」

と言うのです。

私がけげんそうにしていると

「まだ次男、三男と続くじゃないですか。」

あー、そうだね。まだまだ道は続くね。

「愛は人を育てる。」

ふと私の中にこの言葉が浮かびました。

愛の中で人は変われる。


ありがとう、Y ちゃん。

いろんなことをあなたを通して知りました。

長い長い時間がたちましたが

この時間があったからわかったことがたくさんあります。

どうぞこれからも愛の中で生きて行きましょう。一緒に。






若者たち! その2
佐久穂で出会ったすてきな若者たちシリーズその2は

森のようちえんーちいろば

の園長ご夫妻です!!

なんたってまだ20代の園長です。

私と園長夫妻が最初に出会ったのは

とある家具屋さん。

これがとっても不思議な家具屋さんで

私はそこのそばを通るたびに気になって気になって

仕方がなかったのである日思い切って入ってみました。

やっぱりそこにはかなり個性的な店主さんがいて

初めてなのに

お茶を出してくださりお菓子もだしてくだり

すっかりわたしのなぜ佐久穂に来たのか話になり

そうこうしていると

「ぜひこの園長夫婦に会ってください。」

ということでお会いすることになったのです。

彼らの理想と夢を追う熱き心が物事を現実化させた

すばらしいストーリーで

出会いとつながりがすてきなようちえんを生み出しました。

園舎は佐久穂町が使っていた昔の分校で

なんともすてきな校舎です。

大自然に囲まれた環境で作りあげられる

保育の時間。考えただけでもわくわくわくします。

東京の保育園では外で遊ぶのだって近所迷惑にならないように

時間が制限されている現実。

なんてぜいたくな空間でしょうか。

そこでゼロから園をつくりあげていくカップル。

応援したくなります!

このお二人、本当に瞳がきらきらしてます。

とにかくこのお二人に会わせてくださった

家具屋さん大丸家具店さん

に大感謝です!!

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佐久穂は実りの秋
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週末の佐久穂は大忙しでした。

来年のパパさんの畑がついに始動!

寺子屋卒業生のご両親の応援も得て

タマネギの苗を植えていきました!

ドキドキです!

そして佐久穂は今収穫の秋まっさかり。
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どこの田んぼも家族総出で稲刈り、またはもう脱穀です。

近所のお友達のおまめちゃんのところの稲刈りを体験させてもらいました!

娘曰く

「子どもの私でも筋肉痛。大人は大変だったと思う!」

てなくらい稲刈りはほんとにきつい姿勢でひたすらする

作業のようです。

そのあとのみんなで食べるごはんも

すごくおいしかったようですよー。

今週はかなり冷え込んで来たので

最後の紫蘇ジュースや、紫蘇のみ漬けなどをやり

大根の間引き菜の塩漬け等

まあやることてんこもり。

でも楽しい作業です♪

これからどんどん寒くなります。

なんたってもう最低気温4度の日もあるくらいです。

未体験の冬ゾーンに突入です♪
若者たち!
佐久穂でうれしいことに

すてきな若者たちに会うことが

続いています。

私たちの住む集落に

なんとなく気になる家があり、

なんかいつもいろんなひとが来ててにぎやかで

縁側なんかにお膳をだして

みんなで和気あいあいしている家があり

パパさんと

「きっとあそこもうちと同じ新規就農の人だね。

同じにおいがするよね。」

と話していました。

あるときどこかから

「村にたった一人で農業を始めた若い女の人がいる」

と聞いて

「ああ、きっとあの人のことだな。」

と思い、

また別の場所で

「あの人は○○さんのところで

研修していて今年から農業始めたんだよ。」

とだんだんわかってきて

あるときその人のブログに思い切ってメールして、、、

前置きはこのくらいにして

とにかくそのひとは

こんなかわいい人でした!
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おまめ耕房

おまめちゃん!!

実際話してみると

20代ばりばり乙女ちゃんで

頭がよくセンスよく

お料理上手。

そしてガッツあり!じゃなきゃあの年代物の民家に

一人では暮らせません!

「やまへやまへ引き寄せられて来た。」

とキラキラしてるおまめちゃんの目を見てると

いやあ、ほんと、今の若者はすげえじゃん!て心から

思うのです。

私も佐久穂でもっともっとわくわくしたい!

おまめちゃん。たのしみだよー!!






寺子屋だよりから
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30年目を迎えてーみなさん、ありがとうございます。


今年9月で寺子屋は30年目にはいりました。

30年前、寺子屋はこんな出来事から生まれました。

私の母校東深沢中学の4歳下の後輩たちがそのとき日本国中たくさんいた「ツッパリ君」たちになって、隣の中学の

「ツッパリ君」たちと体育館の中で乱闘騒ぎをおこし、警察を呼んだ学校に対して地元の親たちは猛然と抗議した

のでした。

そのころできた深沢区民センターの中に入った児童館の職員の方もその動きに賛同して、やみくもに問

題のある子どもたちを取り締まるのではなく、気持ちを聞いて地域でやっていけることはしていこうということに

なりました。

私も「ツッパリ君」たちと話す機会がありました。

「おれたちだって勉強したいんだ」

「先生は俺たちだけ授業中とばしていくんだ。」

彼らの立場も見えてきました。彼らは誰かにしっかり受け止めてほしいんだ。

自分たちの気持ちをわかってほしいんだ。

わたし、彼らにかかわりたい!ふつふつと気持ちがわいてきました。

手作りの勉強会がはじまりました。講師としてわたしともう一人の子供会仲間が参加しました。

時には現役数学教師の元子供会の先輩から数学のプリントの差し入れがあったり、児童館職員のボランティア授業

があったり、手作り勉強会はなかなか活気あるものでした。

でもまあそこは「ツッパリ君」。

黙々と勉強していたわけではありません決められた時間になっても来る気配はなくまもなくパタン、パタンと便所

サンダルの音が廊下に響いてきます。

中三の彼らの中には九九もおぼつかない子、英語のアルファベットも書けない子もいました。

ひとりひとりのペースでだけど、「やるからにはやるよ」という気持ちで関わりが続きました。

そんな勉強会を体験したわたしの中に「私にもできることがある」という気持ちがもくもくとわきあがりました。

自分には体験していない、疎外感を持つ子どもたちの存在へ自分が何かしたいという思いでした。

そして、多くの人たちとのかかわりから目標に向かって力を合わせることのすばらしさをそのとき、真剣にかかわ

る地域の大人たちから教えられたのでした。

寺子屋という名前はある日一人の生徒さんがつけてくれました。

「寺子屋いづみ、いいじゃん、これにしなよ。」

うーん、なかなかいいかも。こんな単純な感じだったんですね。

今から考えると笑ってしまいます。

こんなこともありました。

私はそのころ最初の子を出産したばかりでまだ20歳前半でした。

ある親の会に参加してひとりひとり感想を述べていくのですが、その会にいらしていたのは私を除いてみんな就学

後のお子さんをお持ちのお母さんばかりでした。

そんな中私の番がきたとき「私にはまだ子育ての悩みは全くありません。」と私は言いました。

ホント、まだ嵐の前の静けさだったんですよね。

1年後に障害のある子を授かりました。

つらい真っ暗な闇にいるような日々が続きました。

そんなとき寺子屋の教室にいると、そのときだけ生き返ったような気がしたものです。

私自身に帰る場所。いつの頃からか寺子屋の教室は私に力を与えてくれるようになりました。

わたしの成長を支えてくれた教室になっていきました。

つらいことがあるとき、教室にひとりたたずむといろんな日々が蘇ります。

あの子とのあの場面。あの先生のあの発言。ああいう子がいたなあ。あのとき私はあんな思いを抱えていた。


2000年から12年間一緒に寺子屋をやってきてくれた主人が今年農業の道に入りました。

主人にとっては大挑戦、私たち家族にとっても新しいはじまり。

主人がいなくなった寺子屋をどんな寺子屋にしていくか。

寺子屋もまたあたらしい章がめくられました。

寺子屋の初めの頃の生徒さんのお子さんも通ってきてくださるような時のながれ。。

寺子屋の30年。語り尽くせないたくさんのページ。卒業生たちの長い道のりが私たちの道のりと共にある喜び。

ありがとう。寺子屋。ありがとう。みなさん。

これからの時代の子どもたちに私がなにを伝えていけるのか。まだまだ模索は続きます。

fresh!
今月号の寺子屋だよりに

今年から手伝ってくれている

M先生がメッセージをよせてくれました。

新しい世代の新しい感覚でがんばってほしいです♪
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私は寺子屋で小学生から教えてもらいました。

もちろん沢山勉強を教えて貰ったのですが、勉強だけでなく生活の面など色々な事を教えてもらいました。

受験の時は本当にお世話になりました。

寺子屋に行ってなかったら高校行けなかったのではないかと本当に思います。

最近私は教えてもらう立場とは逆に教える立場になりました。

勉強を教えるという事は本当に難しくて、自分が伝えたいことを相手に伝えるのはこんなにも難しいとは思ってい

なかったです。

いづみ先生や岩岡先生に少しでも感謝の気持ちを返せるように頑張っていきたいと思います。

そして自分も日々成長できたらいいなと思います。


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