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terakoya1983

Author:terakoya1983
世田谷で学習塾寺子屋を1983年から運営しています。
2012年4月から長野県佐久穂町と世田谷区の往復生活が始まりました。大自然から受けとる事も含めてお伝えできたらと思っています。
世田谷教室 月曜日から金曜日
佐久穂教室 木曜日 その他オンライン
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寺子屋日記
寺子屋からのおたよりです。
朝のルーティン
うちの長女には障害がある。

生まれた時に目を開かなかった。

ハイハイは3歳の時。

歩けたのは7歳になる頃。

何回も入退院を繰り返し

何度も死にかけた。

大袈裟ではなくほんとうに。

口は開かず一番小さなティースプーンを買ってきて

わずかにあいた口に少しずつ食べ物を流し込んだ。

そんな彼女もある一人の

アーユルベーダで気を入れてくださる

治療師の女性に出会ってから

信じられないくらい

生命力がアップしていった。

その治療は母である私もセットだった。

師曰く

「母親のあなたの健康状態がよくならなければ

この子は元気になりません。」

「いいじゃないですか。ニコニコ笑っている

可愛い女の子がうちにいてくれたら」

その言葉通りに私も風邪も引かない身体をいただき

娘はどこに行ってもニコニコ、いやゲラゲラ笑っている

明るいパワフルな娘に成長してくれた。

ただ毎朝ここのところとてつもない頑固さで

私をてこずらせる。

彼女は毎日とにかく絵を描いていたい。

休日は朝から夕方暗くなるまで

自分の絵の場所から離れず描き続けている。

だから朝家から出たくないのだろう。

でもそういうわけにもいかず彼女は毎日

送迎のバスにのり上北沢にある施設に通う。

そのバス停までの道のりが苦難の道である。

家の前のバス停に待っている人たちの行列の脇を

叫びながら歩く娘を引っ張って通って行く。

石のように動こうとしない時は引っ張ったり押したり

「温泉行こうね」

「パスタ食べようね」

「みんなでね」

などと彼女の大好きなジェスチャーをしながら

歩いて行く。たった数分の場所までが

遥かに遠く感じる。

今朝もその光景を見たご近所の方が

「わかりますよう〜

とっても頑固そう。うん意思が強そう。」

へ〜そんななんだ。

じゃあ仕方ないなあ。私も頑固だから親子で

似たのね。と納得。笑

こんな儀式が朝ありの

1日の私の始まり。

やってられないと思うこともあるけれど

ホッと座った時に

なんだかホワ〜っと来るのはなぜだろう。

あの子が私にくれている何かなのだと思う。

ここまでの道のりなのだと思う。

彼女は32歳。

彼女の必死の命にありがとう。


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お弁当
IMG_4087.jpg
子どもたちへの弁当作り

長男の高校の時は

高校野球三昧の長男に

ガッツリ系で作っていたけれど

あの頃私はまだまだ心に余裕がなくて

後になって長男から

「下に行くほど弁当がよくなった」と

言われてすまないことをしたなあと思う。

料理は本当に心を映すんですよね。

長女は支援高校だったのでお弁当は作らなかった。

次男の高校の時は

長野と行ったり來たりの生活が始まり

次男は週に2日自分でおかずを詰めることもあった。

それでも私がいる日はなんとか常備菜などを作って

冷凍したりおかずの種類も増えたかな?

そして今は次女。

今は毎朝私が作ったおかずを

次女が好きなように詰めていく。

自分の好みのものは多く詰めて

出来上がりがなんとも面白い。

お弁当作りは子育ての歴史。

自分の人生の歴史でもある。

そんな長い私の子育ても

だんだん先の見通しがついてきた。

その時その時必死できたけれど

子どもたちは本当にその子らしく育ってくれた。

何も会話ができない日も

一生懸命上手ではないけれど

その子に元気で過ごしてねと

思いを込めて弁当を作った。

そんな時間が今はとっても愛おしい。

今はしほりさんが作った弁当をたくさんの方にお届けして

みなさんに元気になってね

と願っている。

食の素晴らしさは永遠だ。




兄弟のこと
先日ご相談にいらした方が

ご質問されたことの一つに

「兄弟に障害があることを他の兄弟にどうやって説明したらいいのでしょう?」

というものがありました。

「なんで私だけ怒られて、弟(妹)は怒られないの?」

と思っている節があるとのこと。

うちの場合のことを思い出しました。

率直にそのまま伝えました。

障害を持つという言葉も小さい子にわかりやすく

噛み砕いて伝えたと思います。

でもどんなに伝えたとしても

その障害の種類によっては他の兄弟にとって

受け入れることがとても難しい場合もあります。

そのことが家族の関係をギクシャクさせたりすることだってあります。

それはどんなメンバーでも起こりうることです。

特に障害があるからということで心配することはないのです。

これを伝えたらどうなるだろうと思う前に

まずは子どもさんの度量を信じて

みんなで見守ろうという気持ちで向き合って見ることが

とても大切だと思います。

障害がある人に対して世間の目は時に辛いものもあります。

私の子どもたちも障害を持つ兄弟と一緒に歩いていて

ジロジロ見られたりすると思春期の頃はとても

傷ついていました。

そういう時はその気持ちをそのまま受け入れて

別に一緒に行動しなくても良いのです。

末娘の担任の先生でお一人素晴らしい方がいました。

運動会に娘を連れて行った時

その先生が他のクラスの子たちの前で

「〜さんのお姉さん、こんにちは〜」と声をかけてくださいました。

そんな当たり前のことも

その先生の人に対する向き合い方がしっかり

生徒たちに伝わっていないと逆効果になってしまいます。

私たちはその時とても良い気持ちを受け取ることができました。

そんな一つ一つを経験しながら

逆にとても豊かなものを感じることもできました。





受け止めるということ
早期発見、早期療育が当たり前となった作今

小さいうちにIQ検査で

病名を診断されます。

今日は最近診断を受けたというご両親が相談に見えました。

検診の日

「ドアを開いた時の自分とドアを閉める時の自分は

全く違う世界にいました。」

そういう言葉を聞くたびに

31年前に私にも起きたあの日のことが

鮮明に蘇ります。

あの時の折れそうな私が今目の前に座っている。

ご相談を受けるたびにそういう気持ちになります。

今日いらしたお父さんは

「でもこんな時こそ家族のチームワークだと思い直しました。」

素晴らしい!!

自分の予想外のことが起きた時

人は絶望し、受け入れるのを拒否し、自分をも呪いたくなります。

地球の外に放り出されたような。

時間はかかっても必ず光が見えてくる。

人はまた歩く。

ご両親の背中を見送りながら

心からのエールを送りました。










人間工学?!
卒業する息子の大学に初めて行きました。

人間工学。よくわからない分野です。

その卒業制作展では私たちの生活の一コマを切り取り

そこから数値や体験値、インタビューなどで分析して

それぞれが発表していました。

そこには視覚的にも素晴らしい作品が並んでいました。

言葉以前に圧倒的なエネルギーがありました。

若い人の作品てこれだなあと久しぶりの感覚でした。

人の心と身体を統合して行く分野の学問が

とてもワクワクさせてくれる

そんな作品展でした。

時代はどんどん変わって行くのですね。

想像を超えて。








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